タロット物語:No.0
「愚者(ぐしゃ)」はタロットの大アルカナにある一枚。
私羅王が「自分は誰か?」とタロットに訊くと、大抵この愚者が現れる。
このカードに描かれた愚か者はニコニコと楽しそうに空を見上げ踊るように歩いている。これくらい楽しそうなんだから
きっと人生を謳歌しているに違いない。
だが、よく見ると彼の明るい花柄模様の服はボロボロに擦り切れているし、持っている荷物も僅かだ・・・どうやら、社会的な地位や責任、世間的な役割といったものを持たず、自由奔放に生きる楽天家なのだろう。
羅王自身にはそれほどの楽天家という自覚などはない。だが、私の略歴を読むなら・・・読者の印象は,やはり楽天的な愚者に近いかもしれない(;^^)
背景は緑のない寒々とした峰々がそびえ、すぐ目の前には
崖がある。明らかに、愚者はこの後すぐに崖から落ちる。
つまり「人生の転機」が来るのだが、そんな変化に対して愚か者は準備をするつもりがないようだ。犬はちゃんと警告しているのだが・・・。
多分、彼は谷底に落ちても「あ~痛かった」と尻をさすりながら起き上がり、また楽しそうに笑いながら歩き出すに違いない。
天性の自由人なのだ!
楽天家の彼はどこを訪れても出会う人を楽しませて多くの人々に好まれるだろう。そして、そこが飽きると、新天地を求めてまた旅に出かける。
カセリ版タロットの図柄では、犬は愚者を心配そうに見上げて、さらに前足で目の前の崖をちゃんと指し示し「崖は大丈夫か?」と心配している。
犬だけがこの愚者の旅の道連れなのだろうか?
よく言われる諺(ことわざ)に「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」というのがある。
賢い者は先人の経験を学び、知恵を生かして難事を避ける。愚者は後先を考えず何でも実体験してしまう。
愚かではなく賢くなれ!という教訓だろう。
だが、私は違うと思う!
この世界に肉体を持って生まれて来たということは、実は
我々こそが、この図柄の「愚者」その人であり、我々も皆、この人生の変化を地で生きるために生まれてきたのだ。
決して誰か他人の経験談ではなく、書物やDVDでもなく、自分自身の身体で、愚者として人生の変化を驚きと共に実体験してみたらどうだぁ~!
という提案なのだろう。 ・・・マジか(;^^)。
どちらにしても、愚者は「結果に対するあらゆる依存を手放して」いる。人や状況、さらに自分の人生さえも「あるがまま」にさせることを示している。我々も愚か者のように、人生の変化を恐れず顔を上げてニコニコと歩き出すときかもしれない。
羅王
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