エッセイ「仕事も人生の表現です」

仕事も人生の表現です!

 

先日ドイツ人の友人BJと仕事の合間にランチをした。

彼は日独のプロの翻訳家だが現在は大阪市内の

日本語学校に通っている。

 

年齢はすでに40代の半ばなのだが

どうにか日本で就職したいと思っているようだ。

しかし、実際に事はそれほど簡単ではない。

なかなかうまくいかないとBJは頭を抱えていた。

 

この不況下で就職難の時代に外国人でありしかも40代という年齢だ。

もしかするとレストランや飲食業業界、または英会話学校の先生とかなら可能性はもう少し広がるかもしれないが、友人は、あくまでも自分のやりたい仕事へのこだわりがあるのだ。


そういう部分はドイツ人の頑固さと言えなくもないが、

かつての私の状況ともよく似ている。

 

私が20代半ばで渡欧して2年目留学費用も底をついて

ドイツでの就職を余儀なくされた。

まずはスイスで観光ガイド業を始めたり、ウィーンでは日本食レストランのウェイターをして働いた。

 

そして、日本人学校の教員もいいかな、などとも思ったが、

結局、試行錯誤の末、私は就職ではなく自営の道を選んだ。

 

また、3年前私が20年を越えるドイツ滞在を切り上げて

帰国したときも再び同じ状況を迎えた。

ハローワークに通っての職探しをした。


年齢が50歳直前という理由もあったが、

 やはり自営を選択し、今現在に至る。

 

BJもいずれは自営業を選択することになるのではないか

という予感がある

 

「仕事」とは、お金を稼ぎ、生活するための手段であるという以前に自分というものの表現であるはずだ。

 

それは人生における「自己実現」とも言い換えることができるだろう。

 

仕事においてもプライベートな生活においても、

自分というものが表現されないなら

ものすごいストレスを感じることになる。

 

ドイツの詩人へルマン・ヘッセは、神学校に進学し優秀であったが挫折して退学し、パン屋や本屋などの下働きなどを転々としてようやく詩人となった。ヘッセ「自分は誰か」という問いかけに対して自分探しの長い時間をかけ、結局「私は詩人だ」という答えにたどり着いのだ

 

どんなに給料が良くても、どんなに待遇が良くても、自分が表現できるものでないと長続きしない。ドイツで仕事を探しているとき、どれほど生活に困っても私は「レストランのボーイ」でもなければ「ドライバー」でもなく「会社員」や「営業」ではなく、「ツアーの現地ガイド」であり「通訳」であったのだ。そして、帰国した際もやはり「通訳」であり「占い師」であった。

 

ドイツ人の友人BJも、

人は自分を表現する仕事しかできないのだと決めてしまえばいい。

 

仕事が合わなかったなら、そこでの仕事は「自分を十分に表現できなかった」ということだ。

または「もう今の人生ステージにおける自分の表現には合わなくなった」ということだ。

すると退職や転職もすべきときはあり、敢て派遣や短期間フリーターになることも怖くなくなる。

 

それはヘッセと同じように自分探しの旅なのだ。

 

人生は自分を表現するチャンスであり、

仕事に就こうが就くまいが、お金を稼ごうが稼ぐまいが、

結局、あなたはどんな時も自分を表現しているはずだ。

 

恐れたり諦めたりせず、この旅を楽しみたいものだ。

 

羅王