コラム「トラウマを持った完璧さん」

私が私が私が・・・はトラウマと完璧さんの表現だ

私がスゴイ人なのだ!
私が一番活躍する人なのだ!

どんなときでも私が一番。

私が、私が、私が、それをする。

他の誰でもない、
私がそれをすることで
皆から承認されるべき人なのだ!

それこそが私だ。

一番ホメられる人が私だ。

もっとも目立つ存在が私だ。

みんなを助けて導く人が私だ。

みんなから感謝される人が私だ。

いつも賞賛される席に座る人こそ私だ。

もしも、そうでないなら・・・。

みんなと大して変わらない自分なら・・・。

それなのは私らしくない・・・そんな私なら、要らない!

トラウマを抱えた方で、
尚且つ完璧さんを総動員させている人に
よく見かける現象である。
 
大変、苦労の多い、障害の多い道を選ぶことになる。

もう、そういう疲れることは辞めたらどうだろう?

それは
「自己顕示欲」と「完璧さん」が合体している状態だ。

「自己顕示欲」は、若さの名残りだ。
ある意味、その熱が冷めるまで待つしか仕方ない。

「完璧さん」は、根深いコダワリだ。
現実の自分の姿を見ようとせず、受け容れようとせず、

自分で昔から決めている「素晴らしい自分」という幻想を見ているのだ。

いや。
私はあなたが素晴らしくないと言っているのではない。

ただ
今あなたが苦しんでいる理由は、
あなたが信じている幻想のせいだ、と言っているのだ。

私はその幻想のことを「完璧さん」と呼んでいる。

自分ではなく、他の人にも
自分と同じ、またはそれ以上に活躍する機会をあげよう!

他の人が自分を助けてくれることを
許してあげよう。

他の人が自分と同じくらい
悩んだり苦しんだりしていることも受け入れてあげよう。

確かに世界は自分という存在を中心に構成されている。

あなたという存在なしに、
あなたから見える世界は存在できない。

でも、それは
あなたが誰よりも活躍し、
あなたが誰よりも成功することを
保証しているわけでも、要求しているわけでもない。

世界に見えている他の存在と自分とを
引き比べることで自分の価値を決めようとするなら

あなたは世界の中心にある玉座に居ない。

その玉座を当てもなく探し回っているだけだ。

何かを達成するから自分がスゴイのではない。
何も達成しなくてもいいのだ。
何かを達成するのが、ただ楽しいからという理由でやればいい。

一番になるからスゴイのではない。
順位なんぞ気にするな!
ただ、これまでの活動の目安として順番があるだけだ。

そろそろ
自分の幻想を脱ぎ捨てる頃だろう。

そうでないなら、
新しい環境に慣れる前に、
素晴らしくない自分を発見してしまい。
その自分を認めたくなくて、逃げ出したくなるだろう。

そろそろ、その繰り返しに
気付くときが来た。
目覚めるときがきた。
時が満ちたのだ。

嬉しい約束がある。

この気付きには
何ひとつ痛みが伴わない。

確かに、古い幻想は
ちょっと名残惜しく感じるかもしれないが
ありのままの自分を見つけた喜びの方が100倍も大きい!

手続はとても簡単だ。

いや~な気分になったとき
それは「完璧さん」でない自分を
発見してしまいそうになるときだ。

だから、何を頑張っていたのか?を
具体的に思い返して、それが出来ない自分を
100%受け容れてあげること。

自分に対して
やさしい気持ちで受け容れてあげるだけ。

それだけだ。

たった、それだけだ♪

最初だけ、一週間かかるかもしれないが
最後には、一秒もかからなくなる。

最初は、苦い気持ちになるが、
最後は、世界が明るくなり嬉しくなる。

心が明るくなったら、
それが新しい自分になった証拠だ。
それがありのままの自分でいる証拠だ。

怖れずに、進むのがよい。

ラ☆彡(^王^)ノ