エッセイ「夢の家」

夢の家

 

瀬戸内海に浮かぶ島に妻の実家がある。

 

職業柄運動不足になりがちな私は

実家に滞在する際はできるだけ早朝の散歩にでかけることにしている。

娘が拾ってきた犬のハチも喜ぶので一石二鳥である。

 

まだ夜が明けきらぬうちに家を出て今は廃校になった中学校を抜け神社に向かう坂道を登っていく。

神社の境内が見えてきたら神社ではなく島の南側をぐるりと回る山道へと入っていく。

どんどん登っていくとちょうど登りきった辺りで陽が登り始める。

 

その先の南側にちょっと突き出した岬があり日の出を見るにはちょうどいい場所なのだが、ハアハアと息の切れた私はさらに足を伸ばす元気は残っていない。

 

ただ、去年から何度かその岬の入り口に白いバンが止まっているのを見かけて少し不審に思っていた。こんな時間にこの山道で人を見かけることはめったにない。まさか犯罪者が人知れず爆弾でも作っているのでは・・・。

 

それで、あるときハチを連れて思い切ってその岬に踏み込んでみることにした。

 

そこはちょっとした庭付きの家が建つくらいの空き地だ。

周りの邪魔な木々は切り倒してあって薪にして丁寧に積んである。

どこかで拾ってきた古いキッチンが無造作に置いてある。

 

デコボコのやかんや洗面器や淵の欠けた茶碗が転がっている。

火を熾して何か煮炊きをしたような跡もある。

そして、朝露で湿った土の上に誰かが小枝を使って家の見取り図を描いていた。

 

ここが玄関、ここがリビング、その先に寝室、キッチン、バスルーム・・・。

 

ここに家を建てたら、なんと見晴らしのよい住居になるだろう!

 

右手には折り古の浜、向かいは弓削島、天気がよければ遠く四国の山々や本土の造船所のクレーンも見える。

 

ここはかつて見張り台であったに違いない。

 

風が吹きぬけ潮騒が聞こえる。

 

それから何ヶ月経ってもその場所に家が建つ様子は一向にない。

時折足を伸ばしてみるとガラクタがちょっと増えていたり木にハンモックが吊るしてあったりするだけなのだ。

 

ここは誰かがそっと心に描いた夢の家なのだろう。

 

何となくではあるが持ち主は誰にも知られたくないのではないか、とも感じた。ひょっとしたら島の孤独な老人だろうか。または島を出て行って戻らず幸せに暮らしている息子や娘たちがいるが、本人は今も島で暮らしている老人で、もしも子供たちが孫を連れて帰ってきたらここに家を建ててみんなで暮らそうと考えた想像上の家かもしれない。

 

どちらにしても、ここまでは電気も水道も下水も来ていない。

ここに家を建てる費用は想像もできない。

それでも地面には設計図が描かれている。

 

実現しないかもしれない幸せな夢の家・・・。

 

日が昇ってきた。

日が高くなると快適な散歩が苦行に変わる。

 

この岬のように出っ張った高台の敷地に家が建つかどうかは、次回の帰省のときにまた見回るとして、今日はそろそろこの岬を後にしよう。

 

ここに家が建ったらさぞかし快適だろうと、自分の家でもないのに空想の中でその爽快さを楽しんだ。

 

いつまでも辺りの匂いを嗅ぎまわっているハチに、お~い行くぞ!と声をかけると、振り返ったハチは元気よく走り下ってくる。

 

振り返ると風に揺れる木々に朝日が反射して、一瞬大きなコテージ風の家が見えた。

 

そのイメージはなぜか私を幸せな気持ちにした。

 

羅王☆彡